新潟白根総合病院 副院長 本間篤
病院の外来で一人暮らしのご高齢の方とお会いします。女性の方が多いのですが男性の方もちらほらおられます。時間をかけて何度かお話を聞くと、生活の背景は様々ながら、いろいろなことを自分で行いながら、生き生きと暮らしている様子が感じられます。どんなことができて、どんなことができないのか…全てを確認することは難しいのですが、それを整理するための言葉を少し説明します。
私たちが日常生活の中でごく当たり前に行っている習慣的動作のことを、ADL(日常生活動作)といいます。ADLは「Activity of Daily Living」の略で、食事やトイレ、入浴や整容、さらに移動などが含まれます。習慣的動作の中でも比較的広い範囲の生活動作はADLの前に「道具の・手段的」を意味する「Instrumental」の頭文字「I」をつけてIADL(アイエーディーエルといいます。少し難しいでしょうか?
ではこのIADLがどれだけできているかを確認する8つの項目で質問してみます。
①食事:献立を考え準備・給仕ができますか?
②洗濯:洗濯を全部自分でできますか?
③清掃:寝具の整理、掃除、ゴミの整理などの家事はできますか?
④電話:番号を調べて電話をかけることができますか?
⑤買物:買い物を一人でできますか?
⑥移動:自分で運転したり交通機関の利用ができますか?
⑦金銭管理:銀行の手続きやお金の管理を自分でできますか?
⑧服薬管理:適正な量の薬を規定の時間に飲めますか?(治療中の方)
いかがですか?自信をもってハイといえる数が多いほうがより自立しているのですが… 炊事、洗濯、掃除などは女性の仕事で男性に不利ではないか、と思われた方もいるかもしれません。
「男子厨房に入るべからず」という言葉がありました。元は孟子の「君子厨房に入らず」という言葉から転じて使われるようになりました。本来の意味は、君子が厨房に入った際にそこで屠殺される動物に対し憐みの気持ちから殺生を禁ずるようになると国民の食生活を脅かすことになる…だから君子は厨房に入ってはいけない、ということのようです。それが日本に伝わった後で、男尊女卑の思想に都合よく意味が変わったとの説があるようです。こうした気風がかつて、日本の男性の自立を妨げたようにも感じます。
一方、当たり前といえば当たり前なのですが、一人暮らしをしている男性のご老人は、食事に関して自立していることが確認できます。そしてさらに確認すると掃除、洗濯ももちろん自分でやっておられます。一人暮らしを推奨するつもりはなく、夫婦が機能を分担して補い合うことも必要だと思います。しかし、超高齢化社会を迎え、介護の担い手が不足している状況から、これからの高齢者はより広い意味での自立を達成することが望ましいのだと思います。
新潟の冬は寒さと雪に閉ざされます。雪かきという運動を余儀なくされる人も多いとは思いますが、認知症やフレイル(心身が弱くなる状態)を防ぐために推奨されている有酸素運動も天候のために気軽に外出できず、その機会と場所を奪われることは多いと思います。また目的のない運動は持続が困難です。自分のため家族のために必要な料理、洗濯、掃除、家の整理整頓などは、実は大変効率の良い運動・リハビリになると思います。
男性の中には車の運転だけが楽しみで、それ以外の家事に関連したIADLについては、奥さんや家族に任せきりの方も時におられるようです。そのような方は、身体機能が衰えて免許の返納が必要になると、時間を持て余したり生活を楽しむことができなかったりして余病も増えてしまう傾向があるようです。
厨房は主婦の聖域であることもあり、男性がそこへ立ち入っていくには、それ相応の自覚と技能の習得が必要となることでしょう。世の奥様方へ、寛大な受け入れをお願いできればと念じています。恥ずかしながら私自身もIADLが自立していないと感じた数年前から遅々とした歩みではありますが、料理、家事、ゴミ出し~ゴミステーションの掃除まで日々自立へ向けて鋭意努力をしているところです。
日本の男性の自立へ向け、健康で充実した老後のために『男子厨房へ』入りましょう!