潟東クリニック 院長 福田喜一
僕が在宅ホスピスケアに手を染めている理由。
病の宣告は、突然に唐突に訪れる。それも本人の意思とは無関係で、その後の人生設計を台無しにするものであっても容赦などない。何の趣味や道楽などもなく只管定年間際まで働き、退職したら思う存分に好きなことをやろうと考えていた矢先に、思いもよらぬ癌の宣告。それも助かる手立てのない末期がん。これドラマの話ではなく現実に沢山ある実話。命が助かる術があるのなら、戦って戦ってその可能性をつかみとりたいと思うのは私だけであろうか?しかし、戦う術さえ既にないとしたら・・・。
その昔は、病名告知をしないのが常識であった。なので、入院しても病状は悪化の一途で患者の不安は募りで医療への不信感で心が閉ざされていく。普通、人は漠然と来年や何年後かのことを考えて暮らしている。刹那的に生きはしないが、綿密に人生など設計はしない。そんな中での末期がんの宣告は辛い。伴侶・子供・年老いた親・同僚など、伝えておくべき沢山のことがある。どんなに短い人生であっても、最後は自分らしく笑っていきたいもの。出来れば好きな人たちに囲まれて。
そんな思いから在宅ホスピスケアを始めて20年近くになる。食べられなくても、動けなくても、一度は住み慣れた家へ!これをモットーとして仕事をしてきた。400人近い方を在宅に帰すことが出来た。ただ在宅での看取りが目標ではない。安かで豊かな終末期を迎えられるように、援助し続けていこうと思う。父は60才で喉頭がんを、最期は膵がんのため79才で亡くなった。祖父は胃がん、母も胃がん、みんな家で私が看取った。祖母も胃がんであった。なので私は癌を避けて通れないと思っていたら、案の定60才で膀胱がんになった。再発し3回手術した。でもこの癌で死ぬことはないが、最期は癌だろうなと思っている。私も癌患者となり様々なことを考えた。たどり着いたことは、病気があろうがなかろうが、今やりたいことがあるなら、今実現すべく鋭意努力すべきである。
何故なら、病は突然に!